魂の双子

なにかの小説で出会った言葉なんだけど、

魂の双子

 

 

つまりは「仲良しの二人」って意味なんだけど、

最近の私のお気に入りの言葉。

 

 

 

 

 

魂の双子

 

 

そんな人、一生かけて一人出会えるかどうかだと思う。

 

 

 

 

彼女がいなければ今の私はないんだ。

彼女が死んでしまったら、私も半分死ぬ。

もしかしたらほとんど死ぬかもしれない。

 

彼女の声、まなざし、いつもゆっくり頷くこと、たまにすごく悲しい顔をすること、溢れてしまう涙。

 

わたしを救うもの。

 

 

彼女の感じた事は私の血となり肉となる。

わたしを生かすもの。

 

 

魂の双子。

 

 

 

 

 

お父さん成分 お母さん成分

兄も弟も、わたしも同じ、

お父さんとお母さんの成分でできているのに

こんなに違うのって不思議。

 

わたし、私のお父さんとお母さんのもとに

生まれてきて、うれしいなあ。

 

 

 

だけど同じお父さん成分とお母さん成分でできた

女の子がいたとしても

私にはならないから不思議。

 

 

 

私の心も体も

私のものだけど、

 

ぜんぶお父さんとお母さんからできてる。

 

 

 

 

大きく、なったなあ

どこの大学ですか?ではなく大学で何を勉強したのかを聞かないのですか?

今カフェにいます。

隣の席は空いていてその隣の席には女子大生2人と、その大学のOBと思わしきスーツのおじさん(お兄さん)の妙な合わせの3人組。

 

ああ、そうか。

 

最近身の回りで「就活」関連の話題が多くなったし、

実際行動を起こしている人もたくさんいる。

あるベンチャー企業だと4分の1の採用がOBの引き抜き(一本釣り)だっていうし

いろいろな就活のカタチがあるのだなと最近知った。

 

 

 

そんなのは置いといて

私が思うのは、題名のそのままなんだけど、

どうして会社の人の多くは「どこの大学」は聞くのに「何を勉強したか」まるで興味がないのだろうって。

私は就活の面接で「○○大学です。」って言うために大学に入ったんじゃないんだよ。

なんのために親が高いお金出して一人暮らしさせてくれて学費払ってくれて今まで学校通わせてくれたと思う?面接の人、人事の人、誰かのお父さんだったらもう少し血の通った質問してよ。ボランティア活動、インターン、アルバイト、サークル、留学。ちょっと待ってよ。大学で勉強するだけの何がそんなにいけないのか。社会からみたらそれって、そんなにつまらないことなのかな?勉強したいから大学に進学したよ。大学の授業でたくさん面白い事知れたんだ。お父さんに「大学の勉強たのしい」ってラインしたらなんだか嬉しそうだったけど、私の思い違いなのかな。

 

日本における大学ってなんなんだろう。

 

なんだか最近、就活で企業様の目を引くためだけのラベルにしか見えなくなってきた。勉強の中身はどうでもよくって、勉強の他の活動が気になるんだね。そこが、企業にとっての価値だった。ソクラテスの思想とか、音のない音楽とか、民法の解釈とか、、、そうだよね、企業にしてみればほぼ無価値だよね。そんなことより実際に企業で働いてみたことあることとか、途上国にボランティアをしにいったとか、サークルの会長やってみんなをまとめたこととかの方が、ずっと役に立ちそうだし、生産的だ。

 

なんだか書いているうちに己の愚かさを認識していくようだ。

 

 

わたし、みすったのかな。

 

 

 

誕生日には

 

大切な人の

 

誕生日が

 

明後日なんだ。

 

 

なんて言葉を送ればいいんだろう。

 

誕生日にはどんな言葉を

送ればいいのかな。

 

 

ねえ、あなたはきっと知らないだろうけど、

こんな時間が私にとっては

とても幸福なときなんだ。

 

 

ふふ、

あなたは今何してるのかな。

まだ、仕事中かな。

ご飯かな。

 

明後日は貴方の誕生日よ。

 

あなたはきっとあまり嬉しく思っていないかもしれないね。

だけど私はとてもうれしんだ。

 

その日がとても待ち遠しくて

愛おしいんだ。

 

 

歳をとるとらないとか、良い悪いとか、理屈じゃないんだ。

 

 

あなたの誕生日だって、

 

ただそれだけの事実が、

抱きしめたいくらい素敵なことなの。

 

 

 

 

 

 

live in she-zu-

読み方はリヴィンシーズーっていうんだ。


わたしたちの、、なんていうのかな


ユニット名、、


口にするだけでくすぐったいような

嬉しくって恥ずかしい。


まだ表記だってあやふやで

改善途中なんだけど、

気に入ってるんだ。


リヴィンシーズー




20歳の私たちは揺れていて

眠れない夜も多々ある。


不安定といえば不安定なんだけど

その揺れ幅は希望でもある。


眠れない夜は眠らなくていいの。

ベッドに入ってもぞもぞしたり、

やっぱり起きて、電気をつけて本を読んだり、どきどき泣いたりする。



夜が明けても心は夜中のままで

どうしようもない時ってある?

こないだなんてわたし、まる三日間夜中だったんだ。

ひたすら休んだよ。

ねむった。


このまま闇に溶けてしまうかと思ったんだけど、4日目にむっくり起きてきた。


明けない夜はないんだって

ほんとなんだね。


朝になった心は

何事もなかったかのように動き出したんだ。


不思議。


夜が明ける、不思議。





live in she-zu- 

の話、しようと思ってたんだけどな。

ぜんぜんできなかった。


20の私たちは気ままで

これから何するなんて決めずに

決められずに彷徨ってる。


明日のこともわからないし、

1分後何を考えてるのかもわからない。



ゆらゆら ゆらゆら 揺れてるだけ。


あなたが生きてというなら、

あなたが生きてというなら、

わたしは必死に生きる方法をさがすからね。

 

あたなが10年待ってというなら、

10年間生きてみせるよ。

 

あなたと一緒に死ぬためなら、

生きれるよ。

将来の夢

小さいころから、早くおばあちゃんになりたいと思っていた。

おばあちゃんというものは何にも追われることなく、人生、ひとしきりの仕事を終え

死ぬのを待つものだと思っていた。

仕事、結婚、出産、子育て、孫を愛でる。

 

その様な工程を経ておばあちゃんになる。

 

でも違うんだ。

 

わたしは小さい時からずっと

今、おばあちゃんになりたいと思っていたんだ。

 

二十歳の今でも、それを強く望む。

 

 

最近、同期のみんなはいい会社に就職するため何かしらの準備をしたり、

周りを見て焦燥したり、張り切ってる人もいる。

 

だけど私は、会社に入るということが分からない。

なぜ?なぜ?なぜ?生きるためにはお金がなくてはならなくて、お金を得るためには労働しなければならなくて、勤労の義務なんて言葉も小学生で習うんだけど、なぜか、なぜ働くのかわからない。

 

じゃあ死ねばと言われればそこまでで、なんの反論もないよ。

 

お金はほしくない。社会から認められたいという欲もない。

 

先週だったかな、インターンシップの説明会があったんだけど

そこで先生みたいな人が言うんだ。

「人事の人も、いい人材を早く確保しようと必死なんです。」

 

 

いい人材、確保、?

 

 

言っていることは分かるんだけど

全然ピンとこないんだ。

 

だって自分のことを「人材」だなんて思ったこともなかったし、これからも思わないもの。私はきっと、会社に確保される人間じゃないんだ。

確かに周りの友人は会社にも、社会にもとても貢献しそうないい人材だ。

私が彼らより優れた仕事ができるなんて思えない。

他をあたってください。

 

 

だから会社には入れないなって思ったんだ。

 

 

でも、生きていく分のお金はないとだめだよね。

今は、その方法を考えているの。

 

 

 

わたし、早くおばあちゃんになりたいな。